白の一族(オフェリアの章) 続き
少々苛立ちに身を任せてドアを開こうとしていた為に、体重をドアの方にかけていたオフェリアは意表を突かれて、ドアの外に前のめりになった。
倒れるかと思ったが、外から先にドアを開けた人物がオフェリアの身体を抱きとめた。
「・・・と。すみません。大丈夫ですか?」
心配するような声がオフェリアの頭上からかかった。
だが、オフェリアの頭の中では、支えてもらった恩義よりも、そもそもこの人間がいなければ自分がこんな惨めな目にあう必要もないし、そもそも自分の身体に断りもなく触れるとはなんて無礼なやつなのだろう、という怒りの方が大部分を占めていた。
文句を言ってやろうとして、オフェリアが自分を支えていた人物から身体を離し、相手の顔を見た。
その瞬間、何も言えなくなってしまった。
「おや、これは・・・。白の一族の者がこのようなところにいるなんて珍しい」
その人物にしては、珍しく皮肉をこめた言い方。
「おお。ヴェルガ。久しいの」
店長が顔を覗かせた途端、ヴェルガはさっと頭を垂れる。
「王もお変わりなく」
「良い。堅苦しいのは嫌いじゃ。顔を上げよ」
「は」
ゆっくり頭を上げたヴェルガの視界に、王の次には、カウンターに座っているセルフォスの姿が眼に入った。
「!!」
思わず顔がゆるむヴェルガに店長がすかさず牽制をする。
「ヴェルガ。セルフォスにちょっかいを出す事、許さぬぞ」
その途端、この世の終わりとでもいうような顔をして、しかしヴェルガは不承不承頷いた。
まったく、どいつもこいつも世話をかけおって。
そんなことを思いながら、溜息を大きく一つはいた後、店長はオフェリアの方に向き直る。
「さて。待たせたの」
しかし、先ほどまであんなに外に出たがっていたオフェリアが今度はドアから一歩も動こうとしなかった。
それどころか、ややうっとり気味の眼でヴェルガを見つめていた。
「・・・・・・・? オフェリア?」
少々、嫌な感じを覚えながらも店長がオフェリアの顔を覗けば。
「王。あれは、もしや黒の一族のヴェルガ殿、ですか?」
「・・・・・? そうじゃが。なんじゃ、主はヴェルガを知っておるのか?」
「ええ。存じ上げておりますわ。一時期は黒の一族の頭。今現在は一族の二位を占めているお方ですよね」
「うむ・・・。まあ、今は群れから離れておるから順位がどうなっておるのか良くは分からんがの。そういう経歴の持ち主である事は確かじゃ。しかし、良く知っておるな」
「ええ。黒の一族は他の一族に比べると精神力、生命力ともにとても力強く、そして純粋であることは周知の事実です。そしてそれは他民族とはいえ、我ら雌が憧れてやまぬ理想の雄像なのですから」
オフェリアは相変わらずうっとりとした顔つきで少しずつヴェルガに寄っていく。
「全ての竜の雌は、自分の子供により強き生命力を持たせたいもの。その理想の遺伝子を黒の一族は生まれながらにして皆が持っている。その黒の、中心に立つものの一人こそヴェルガだと、我ら雌は皆言っております」
そう言って、オフェリアはヴェルガと向き合う形で歩みを止めた。
「あなたたち一族の女性は、時期になる大分前から、これといった男を長い時間をかけてじっくりおとしていく、と聞いた事があるが」
それは、「熱」の時期になると一気に過熱し、過ぎればまるで他人のように振舞う黒竜の一族の出であるヴェルガには信じられない事ではあったが。
オフェリアはその言葉を肯定するかのように、ゆったりとした袖で口元を隠し、ころころ笑った。
「さすがはヴェルガ殿。いえ、これからは「様」をつけてお呼びしましょうか? 一時期とはいえ私の夫となられる方故」
「白の」
「オフェリア、とお呼びくださいな」
「・・・オフェリア。他民族間での子孫を残すことは強く禁じられている」
ヴェルガがきっぱりとそう言い放つのを見て、ヘリオライトと店長は思わずセルフォスの方を横目で見る。そしてその後再びヴェルガを見る。
一応、そんな常識は理解していたんだ・・・。
口には出さなかったが、そう思わずにはいられなかった。
当のヴェルガはそんな視線にまったく気がつかず、オフェリアを説得していた。
「それに、あなたがどんなに魅力的でも、わたしはあなたが嫌いだ。あなたの一族が嫌いなのだ」
きっぱりと言い放つヴェルガに、ヘリオライトは、それは言いすぎなんじゃないか、と内心はらはらし、セルフォスはただただ興味がないとでもいうように相変わらずの無表情で、店長はただ無言のままことの成り行きを見守っていた。
言われた本人と言えば、相当なショックだったようで、信じられない、とでもいうように顔半分を袖で覆い隠し、驚いた眼からは涙が零れ落ちた。
「ひどいですわ。私達はまだ知り合って間もないのに、それなのに、全てを分かったように突っぱねるなんて・・・」
そう言って、顔を袖で完全に覆い隠して泣き続けるオフェリアに、ヴェルガは思わず顔を背けるが、そこで明らかに非難の眼を送っているヘリオライトを見て顔をしかめる。
「ヴェルガ。何も、会ってすぐの女性、しかもこんな美人にいきなりそんなこと言うのは失礼なんじゃないか?」
ヘリオライトの非難の声に、ヴェルガは今度は店長とセルフォスの顔を交互に見ながら、再びヘリオライトに視線を戻した。
「ヘリオライトは、わたしたちの事をまだ完全に理解してないからそう言うのだ」
その台詞に店長とセルフォスが頷く。
ヴェルガにそう返されたヘリオライトは頭の上に疑問符をたくさんつけながら、首をかしげた。
どういうこと?
顔には明らかにそう書いてある。
店長は、そっとオフェリアの肩に手を置くと、優しく語りかけた。
「オフェリア。主の想いが伝わらなかったのは残念じゃが、仕方あるまい。さあ、当初の目的に戻って、ミズキを探しに行こうではないか」
その言葉にオフェリアは顔を上げないまま、しかしこくりと頷いた。
「邪魔したな」
店長はそう言うと、オフェリアとともに店を出て行った。
ドアが閉まった後。
「どういうこと?」
ヘリオライトが開口一番にそう尋ねた。
「曖昧な返事は相手を付け込ませる機会をつくってしまいます。我々の場合、一度付け込まれたら覚悟を決めなきゃいけない、というのがほとんどですからね。きつい言い方かもしれませんが、きっぱりと言わなくては駄目なのです」
それに、とセルフォスはヴェルガを横目で見る。
「突っぱねても効かない場合もありますからね」
その台詞にヘリオライトもヴェルガをちら、と見て納得する。
「だから、いつも「嫌い」と言ってたのか。そっか。珍しいと思ったんだ。普段、他人に対して「嫌い」なんて台詞ほとんどはかないセルフォスがさ、ヴェルガにだけはきっぱりとそう言ってたから」
「・・・・・・効果はないのですがね」
そう言って、溜息を一つ。
「あるよ。セルフォス。あなたが「嫌い」と言っている間は、一応節度を保ってるつもりだよ」
ヴェルガのその台詞に、セルフォスが静かにきれた。
「節度? 節度を保っている? じゃあ聞きますが、貴方の節度とは隙あらば身体に触れてきたり、抱きしめてきたりすることまでも許されているものなのですか?」
「うん。だってそれスキンシップだし」
全然悪びれもなく、さらっと言い放ったヴェルガの顔に。
次の瞬間、客向けにお茶を用意する為に使用するポットが投げつけられたのは言うまでもない。
唯一、セルフォスを止める術を持つ店長が不在となった今、ヘリオライトにできる事と言えば、唯一つ。
薬品室に逃げ込むことだけだった。